【介護職は大変】特養で介護士をしていた女性による『辛い』ことや辞職した理由を紹介

本記事では、特養で介護士をしていた女性の体験談を紹介しています。

介護職が大変なことや『辛いこと』、施設長が施設内に監視カメラを設置したことで辞職者が続出したことなども紹介しているので、参考にしてみてください。

特養で介護士をしていた女性のプロフィール

プロフィール
  • お住い都道府県:長野県
  • 介護職歴:17年
  • 特養での勤務年数:4年半
  • 特養の職員数:約40人
  • 保有資格:介護福祉士・保育士・幼稚園教諭・社会福祉主事任用資格
  • 年収:約260万円

給料の詳細

  • 基本給 16万円
  • 手当(処遇改善手当・夜勤手当・その他の手当) 夜勤手当1回2,500円
  • ボーナス(支給回数など)1.5×2回(夏、冬)
  • 昇給額 500円/年
  • サービス残業の有無 あり

特養の介護士として働いて『辛い』『大変』と感じること

『辛い』と感じること

実習からお世話になった施設だったので、1番辛かったのは担当利用者様がターミナルになった時や亡くなった時が辛かったです。

気兼ねなく、なんでも話せる仲になった利用者様が亡くなるのは、精神的にもとても辛かったです。

1ヶ月の希望休みは2日までとかなり厳しく、シフトができた時に、連休がなかったりした時はきついなと思いました。

夜勤回数が月8回、夜勤手当が2,500円と安い割に、夜勤者3名、看護師はオンコールと言う体制での夜勤は急変時など不安も大きく大変でした。

人手が足りないからと、2人で移乗しないといけない利用者様を一人で車椅子に移乗させないといけなかったこともあり、体力的にも限界の夜勤明けなどにそう言う状況になった時は、かなり辛かったです。

『大変』だと感じること

介護士は交代の仕事なので、慣れるまではそれなりに大変でした。

早番続きだったり、遅番からの早番だと家に帰って直ぐに寝ないと翌朝が早く、早く起きるのが苦手な私には、早番が一番苦痛でした。

ただ、早く行っただけ早く帰れるという

考え方に持っていくことで、なんとか乗り切っていました。

人間関係もなかなか難しく、苦手な人と同じ日の勤務のときは、特に日勤で同じ勤務帯(早番で一緒、遅番で一緒)の時の休憩時間は同じ空間で会話もなく、まだ入社したばかりの時はとてつもなく苦痛でした。

入浴が毎日8人から12人入れなくてはならず、その半分以上が機械浴(リフト浴、特浴)で、何日も続くと体力的に辛かったです。

移乗をしてる時に爪をたてられたり、入浴介助中に噛みつかれたりしたことがありました。

認知症の方は、どうしても暴力行為の出る方がおり、暴言を吐かれることもしばしばありました。

こちらの言っていることが理解できないので、手も足も出て来てケガをすることもありました。

施設長が監視カメラを設置し、職員が辞め、自分も辞職

夜勤帯に透析を受けている利用者様の状態が悪くなり、オンコールナースに連絡すると様子を見るように言われ、翌朝出勤してきたナースに、報告したのにこんな状態なのに何で放っておいたのかと責められ、その時は辞めたいと思いました。

報連相はしっかりするほうなので、記載にも書いてありましたが、その時は理不尽な気持ちでいっぱいでした。

施設長が交代して、介護方針や施設の方針も変わって、施設長の考えについていけないなと感じて辞めようと思いました。

利用者のことをとてもよく考えてくれ、職員のことも考えてくれた前施設長だったので、利用者様も職員も人間ではないような扱いをされ、(施設内に監視カメラを設置する。少しでも気に入らないと辞職を強要する。)

ほとんどの職員…介護士を初め看護師、栄養士が辞めるという選択肢を迫られ、辞めていきました。

看護師が一足先に辞めてしまい、業務が回らなくなったこともありました。

介護士も人手が足りず、私も同時期に施設長の考えにはついていけなかったので、退職届を出しました。

【介護士の体験談】ブラックな特養の実態を暴露『サービス残業』『夜勤20時間』『人間関係最悪』

本記事では、介護士として働きたい方のために、特養で1年間働いていた方の体験談を紹介していきます。

これが、ブラック施設の実態です。

では、どうぞ!

6年前に特養で働いていた方のプロフィール

プロフィール
  • 40代(男性)
  • 都道府県:山形県
  • 介護職歴:20年
  • 特養での勤続年数:1年(現在は退職)
  • 保有資格:介護福祉士、社会福祉主事任用資格、介護支援専門員、大型自動車免許、保育士
  • 特養での年収:300万円

同じ方の別記事

[kanrenori id=”8108,8204″]

特養介護員の給料について

私は今から6年前に特別養護老人ホーム(特養)の介護員として1年間勤務していました。

退職理由の詳細については、のちほど紹介します。

当時、働いていた特養の月給
  1. 基本給:月額165,000円
  2. 手当:資格手当10,000円(介護福祉士)
  3. 夜勤手当:17,500円(月に4~6回ほどで一回につき3500円、平均回数5回で計算)
  4. 通勤手当:8,000円
  5. 処遇改善手当15,000(6年前当時の支給額)

総支給額で215,500円(年収約300万円)

社会保険、税金、退職金共済、親睦会費を控除して約170,000円支給されています。

ボーナスについては年2回支給されます。

支給額は年2回、平均4.25か月分くらいです。

ボーナスとは別に寒冷地手当が11月から3月まで月に約15,000円支給されました。

昇給について平均して5,000~8,000円程度です。

残業についてですが、毎月1回介護員の会議と勉強会があり、全員参加が当たり前で欠席すれば上司から叱責され、先輩職員から無視されるような環境でした。

会議と勉強会は約2時間くらいかかりましたが、残業申請は1時間だけであとはサービス残業になります。

勤務していた法人(特養を運営しているもの)は国家公務員給与表に準じていたため、年間総支給額約300万円ほどになりました。

運営法人によって給与に違いがあると思います。

働いていた特養が『ブラック』だと感じたこと

ブラック施設で働いて、辛くて大変なことは2つあります。

ブラック施設で『辛い』と感じたこと
  1. 変則勤務
  2. 人間関係

1つ目は変則勤務です。

勤務していた特養は4つのシフトに分かれ

[list class=”li-yubi li-mainbdr main-c-before”]

  • 早番(7時~16時)
  • 日勤(8時30分~17時30分)
  • 遅番(10時30分~19時30分)
  • 夜勤(15時45分~翌9時45分)

[/list]

に分かれていました。

特に夜勤が一番きつく夜間の人員体制は利用者に100人に対して夜勤者4人で対応しなければならず、割合にして25:1でした。

これは厚生労働省が定める人員基準ギリギリのラインなので、負担はかなり大きかったです。

夜勤者は皆で協力して業務をしますが、一人で25名の利用者さんの就寝介助から夜間の排泄介助、起床介助を行うのは心身ともに大変でした。

夜勤の時間が終了してから記録や後片付けをしないと帰れないため、通算して20時間以上勤務して帰ることもざらにありました。

もちろん、超過した分はサービス残業になります。

2つ目の理由と重複しますが、介護員間の人間関係もあまり良くなく、苦手な職員と夜勤が一緒になると、その日の夜勤ほど苦痛に感じることはなかったです。

介護員というのは人と関わる仕事なのに、コミュニケーション能力が低い人が多いように感じます。

例えば、申し送りが疎かで連絡ミスになり、事故に繋がったり。

利用者さんを気にかける仕事が、同僚や先輩、上司の気を伺わなくてはいけないことが何回もあり、嫌な気分をしたことがありました。

特養で働いて『辞めよう』と決断させた事

私が特養の介護員を辞めた理由は体調不良によるものでした。

体調不良の原因は夜勤による不規則な生活です。

特養の勤務は遅番→早番→夜勤→休み→日勤という流れになりますが、夜勤を一回こなすだけで2日働いた事とみなされるため、次の日は休みになります。

夜勤のあとは胃腸の調子が悪くなり、食事後は消化不良になることがありました。

また、生活リズムが乱れるため、不眠症になることもしばしばありました。

給与面では恵まれていましたが、体調を崩しては元も子もないので退職することになりました。

まとめ

今回、特養のブラック施設で1年間働いた方の体験談を紹介しましたが、介護職がブラックだということではありません。

介護職でもホワイト施設はたくさんあります。

ホワイト施設を見つけるポイントを下記の項目で紹介しているので、参考にしてみてください。

【人事考課で現場が最悪に】デイサービスで介護士リーダーの『給料詳細』『つらいこと』を紹介

本記事では、デイサービスで介護士リーダーをしている男性の給料詳細や『つらいこと』などの体験談を紹介しています。

デイサービスの介護士リーダーをしている男性のプロフィール

プロフィール
  • お住い都道府県:東京都
  • 介護・福祉歴:11年
  • デイサービスでの勤務年数:2年
  • デイサービスのある法人の職員数:約200人
  • 保有資格:社会福祉士・介護福祉士・介護支援専門員
  • 年収:約400万円
  • 処遇改善手当支給額:月10,000円

デイサービスでの給料詳細について

基本給は20万円で、手当は役職手当(リーダー)5,000円、処遇改善手当月10,000円。

住宅手当10,000円、扶養手当は一人あたり5,000円です。

交通費については月上限30,000円です。

ボーナスや昇給額は管理者との人事考課によって決まります。

おおむね1年あたり基本給の4.0倍の賞与ですが、人事考課の結果によっては1.5~4.5まで幅があると聞きました。

また、残業については事前申請により可能ですが、月の残業可能時間がおおまかに割り振られているため、その時間を超えてどうしても残業が必要な場合はタイムカードを押した後にサービス残業をすることもありました。

デイサービスのリーダー介護士ならではの『つらい』とおもうこと

人材不足の介護業界では入職職員を選ぶ余裕がありません。

福祉や介護を勉強してきた人だけではなく、未経験者も多く入職していました。

「きつい・きたない・給料安い」と3Kだという人もいますが、人材不足で未経験でも転職しやすいという感覚で入職した人もいました。

そこで、人材育成が大変でした。

基本的には初任者用の研修やOJT(オンザジョブトレーニング)を経てから、独り立ちし業務にあたります。

育成上定められた工程はこなしますが、利用者さんの介護をしながらという状況なので、付きっ切りで仕事を教えるのには限界がありました。

また、OJTトレーナー(先輩育成職員)も一人ではなく複数体制で、その日ごとに変わります。

そのため、育成の視点や細かいやり方が少しづつ違い、新任職員からは、「人によって言っていることが違う。」と言われてしまう事も多くありました。

転職の方は、自分よりかなり年上で話を聞くよりも、「そんなことわかってる。この若僧が。」という心の言葉が聞こえてくるような状態もあります。

そんな状況で新任職員が独り立ちした後に、不適切な介護やご家族からクレームを受けた場合は、管理者より「何を教えているんだ!」と叱責されてしまう事もあります。

利用者さんのために介護の質を上げたいと思っていても、なかなか上手く行かず辛い思いをしました。

人事考課により現場の雰囲気が最悪に

介護は利用者さんや家族の喜びのため、自分のやりがいと思い日々業務を行いました。

初年度は気が付きませんでしたが、年に2回ほど管理者・役職者・現場職員がピリピリする時がありました。

もちろん、全員がそうではありません。

他職員に対して、日頃できていないことについて指摘したり、報告書や提案書をいつもより活発に提出したりという状況でした。

なにかなと思い、先輩職員に聞いてみたところ、人事考課の前後の期間だったのです。

役職者はリーダーに改善点を指摘し、実施するよう指導し、それ受けたリーダーは一般職員に指示を飛ばす。

一般職員はリーダーや役職者の悪口を陰で言うという環境では、現場チームの輪が乱れるのは当然のことでした。

なかには、介護業務中でもため息をついたり、イライラを隠し切れない職員もいました。

自分はリーダーになって利用者さんのために、この環境を変えてやる、と気持ちを切り替え日々の業務に対してモチベーションを保ちました。

やっとリーダーになり、人事考課前の期間を迎えました。

「よし、これからは活気のある前向きな事業所にするぞ。」と意気込みましたが、周りの環境は一向に変わりませんでした。

長く続く体質を一人の力だけでは変えられないと痛感しました。

逃げる事になるかもしれないけど、利用者さんのための介護をしたいという思いは変えられなく、辞めたいと強く思いました。

【体験談】小規模多機能ホームでパート勤務。介護は女性社会なので、気を遣う。

 

小規模多機能ホームでパートとして働いていた女性のプロフィール

プロフィール
  1. 30代(女性)
  2. 都道府県:愛媛県
  3. 介護・看護歴:10年
  4. 小規模多機能ホームでの勤続年数:8ヵ月
  5. 保有資格:看護師・保健師
  6. 時給:920円

小規模多機能ホームの給料【詳細】

8時半から17時半の時間帯で週4日の日勤のみの介護職員パート勤務です。

独身ですが、体調面を考慮して現在の契約に至っています。

シフト制ですが面接時に状態を説明して融通を利かせてもらっています。

時給制で920円です。

介護初任者研修を修了していないので、1番下のランクです。

ちなみに、介護初任者研修を終了しても時給は上がらないとのことでした。

介護福祉士を取得すれば、時給100円上昇が見込めるそうです。

手当については処遇改善手当は対象期間には在職していないので、支給を受けたことはありません。

主任などの役職は数千円支給されているようです。

通勤費については徒歩圏内にありますので支給対象外でした。

勤続半年から有給休暇があり、7日と時間休からのスタートでした。

入職して半年間は半日勤務でしたので、通常より少なめと言うことでした。

通常は勤続半年から10日あります。

シフトを組んでくれている時に有休消化できるように、入れてくれています。

希望休も1ヶカ月前に申請すればだいたい通ります。

社員は数名で他はパート勤務です。半数以上が60代です。

サービス残業はほぼありません。定時で終了できています。

定時まで業務が立て込んで間に合わないと言うこともありません。

始業前も10分から15分前に来て、今日の予定を確認したり申し送りきたりする時間は取れています。

月に部活と呼ばれるものがあります。

スタッフ間の会議のことで17時半以降に行われ、残業として扱われ、きちんと支給されます。

小規模多機能ホームはイレギュラーな事が多く『大変』

1番の大変と感じているのは利用者さんが特養と変わらなくなってきているところです。

職員比率は3対1なので、介護度が高いほとんど負担がかかります。

大半のスタッフは腰を痛めています。1度痛めると完治は難しいので、つらいです。

設立された当初は重度の方は想定されていないので、設備も自立の方向けのレベルのものばかりです。

どこの施設も同じだと思いますが、大変なのはイレギュラーが入ることです。

小規模多機能なので、通いの利用者さんの他にも間に訪問も行きます。

急な予定が入ることに混乱してしまう私にとっては『つらい』と感じます。

イレギュラーが入ったときのスタッフの意見も分かれます。

特に介護職員と看護職員の間の考え方で考え方に違いがあるように思います。

業務が複雑な分スタッフ間の意見も複雑です。

女性職員の数が圧倒的に多く、女性は男性と違って、スタッフにも気配りが大切です。

別の意味で利用者さんよりもスタッフの気遣いで疲れてしまうところがあります。女性にも良いところはあります。

細かな気づきができているので、利用者さんの変化にも気が付きやすいです。

外に気がつく所が多い分、他スタッフにも同じようなスキルを求められるところがあるので、つらいところがあります。

既婚者と独身者でも差があるところも事実ではないでしょうか。

女性の介護士のきつい言葉で心が折れる

強いて言えば年配のスタッフにきつい言葉を言われた時は心が折れそうです。

利用者さんにはやさしいのですが、スタッフに対して、きついことをいう人はどこにでもいるのだなと感じました。

女性職員の数が圧倒的に多いところです。

女性は男性と違って、スタッフにも気配りが大切です。別の意味で利用者さんよりもスタッフの気遣いで疲れてしまうところがあります。女性にも良いところはあります。

【精神病院で看護助手をしていた女性の体験者】『大変』『しんどい』『辞めたい』と感じたこと

本記事では、精神病院で看護助手をしている女性の体験談を紹介しています。

精神病院で看護助手をしていた女性のプロフィール

プロフィール
  • 都道府県:神奈川県
  • 介護・福祉歴:8年
  • 精神病院の病棟での勤務年数:2年
  • 職員数:約180名
  • 保有資格:介護福祉士・重度訪問介護従業者
  • 年収:約360万円
  • 処遇改善手当支給額:約9,000円

看護助手としての給料詳細について

基本給は約14万7,000円、夜勤手当が1回につき8,000円、介護福祉士手当が月額1万円、皆勤手当てが8,000円になります。

交通費は月額2万円が限度になります。

賞与は年3回あり、合計65万円ほど。

はじめての昇給額は1,000円程度でしたが、勤務年数を重ねることで1万円程度まで増えるそうです。

残業・サービス残業ともにありません。

精神病院で看護助手として『大変』『しんどい』とおもうこと

看護助手として勤務していた精神科は統合失調症と認知症患者が多くを占めていました。

私の勤めていた病棟は老人病棟で、患者の半数ほどは統合失調症や躁うつ病などを長年併発している状態でした。

暴力、妄想、虚言、介護拒否、服薬拒否、セクハラ、便失禁、おむつ外し、頻回なトイレの訴えなどを持つ患者も少なくありません。

自立歩行している患者は1割にも満たず、9割以上の患者が車椅子へベルトで拘束されている状態でした。

だからこそ介護負担が大きかったように感じます。

排泄トラブルは特に多く、日常茶飯事だったため、そのたびにベルトを交換・洗濯。

おむつ交換やトイレ誘導の際もベルトを取り外してつけてというのを毎回行います。

介護拒否をする患者も少なくなかったため、拘束しているときに暴力に見舞われることも多かったです。

介護拒否や服薬拒否にせよ、男女問わず手を出す患者が非常に多かったです。

服薬拒否で指を噛まれて出血したり、介護拒否で眼鏡を壊されたりといったこともありました。

意思疎通ができる患者の場合でも暴力というのは珍しくありませんでした。

看護助手が定着しにくい面があり、常に人手が足りない状況でした。

おむつ交換や自立歩行の難しい患者へのトイレ誘導はもちろん、ストレッチャーやベッド、車椅子への移乗は常にスタッフ1人で行っていました。

比較的若い人や男性スタッフが少ない勤務先だったため、どうしても若い女性スタッフに労働力が求められていました。

患者からの防ぎようのない暴力や暴言などに加え、若い自分たちへ労働の比重が集まる状況がつらいと感じていました。

また、病気の特性上、患者から追いかけられてさまざまな要求があったりするのを拒否したりするのが大変でした。

夜勤の最中に「人殺し」と叫ばれながら追いかけられたり、腕を掴まれて「家に帰してほしい」「ずっとそばにいてほしい」などお願いされたりというのが日常茶飯事でした。

特に急いでいるときにこういった要求をされると、拒否をするにも精神的なしんどさを感じていました。

心身ともに疲れ、看護助手を『辞めたい』と感じた

現在は別の理由で退職していますが、なかでも強く「辞めたい」と感じていたのはやはり、労働が重くなったときでした。

労働が重くなる理由としてはスタッフによるものであったり、患者によるものであったりしますが、精神的な辛さが加わると心身ともに逃げられない辛さを感じていました。

看護師や医師が常にいるため、看護助手の仕事ではイレギュラーな対応はほとんどありません。

そのため掃除やおむつ交換やトイレ誘導、食事介助、入浴介助、それに付属する準備などルーティーン化された仕事を黙々とこなしていきます。

介護施設などに比べて専門性が低いため、介護業務という感覚が希薄になってしまっていました。

介護業務という感覚が薄れることで労働ばかりに重点がいってしまいます。

「介護福祉士なら他に目指すものがあったのではないか」

「患者の話を聞けない状況というのは自分が介護福祉士としてあまりにも冷たいのではないか」

という感覚が常につきまとっていました。

患者自身、できることでもできないとスタッフに寄りかかることが少なくありません。

それに加え、説得してもなかなか納得できない、自分のなかで気持ちを消化できないという方も多いように感じます。

特に病気の特性上、季節や天候などによっても日々の浮き沈みがあるのでその対応も加わります。

ルーティーン化された業務のなか、そういったことに対応していくのは、日々辛さが重なり「辞めたいな」と感じていました。

参考記事:まるっと転職